工房結の手仕事日記1−10

第1回                                                        2005.04.05

ナニワノイバラの花

熊猫芽茶館のファンの皆様、初めまして。

この度、熊猫芽茶館で、作品を扱って頂くことになりました、三木尚子(みき なおこ)と申します。さらに、月1回のエッセイを連載する お話も頂きました。店長さんには、この場を借りてお礼を申し上げます。作業を通して感じたこと、日常のたわいないことなど、つらつらと書き綴っていきたいと思います。皆さま楽な気分でお付き合い下さい。

私が住んでいるのは、瀬戸内海に浮かぶ小さな豆のような島ーその名も小豆島。海に囲まれ自然が豊かなこの島で、野や山からいただいた植物で染色をし、機の前に座る、という日々を送っています。

タイトルに「工房 結(ゆい)」とありますが、これは私の染色作業場につけた名前。昨年夏、「この地で制作活動をスタートさせよう。」と、決心した時に、ちいさな染め場をつくりました。新しく生まれる工房の名前をあれこれ考えているころ、オギャ−と初めての姪っ子が生まれ、「結子」と名づけられました。「かわゆい子ちゃん!!あばば。」などと、あやしているうちにふと、気がついたのです。「結」は「糸(いと)」と「吉(きち)」で構成されているではありませんか。糸に関する仕事であり、吉は縁起が良い。大吉とまでいかないところが、ほどほどで性に合う。しかも作り手と使ってくれる人を「結ぶ(むすぶ)」という意味も込められる。「これはいい、結にしよう!」ぽん、と手を打って即決したのです。

こうして、「工房 結」は誕生しました。島で制作をスタートしたときに、まず最初に始めたことは植物探し。「欲しい色が取れて、島に自生しているもの。」「染まりつきが良く、色の堅牢度が高いもの」この2点に重点を置きました。

一番最初に扱ったのは、皆さんよくご存知の「バラ」。以前から、「バラで染め出すグレーはたいへん美しい」と、聞いていたので、どんなに美しいグレーが染まるかしら?と、わくわくしながらとりかかりました。

染色用でよく扱うのは、バラ科のなかでも「ノイバラ」、英名ではJapanese Rose。古来から日本の山野に自生し、白色の5弁の花をつけるたいへん素朴なバラです。万葉集のなかでも「ノイバラ」は数多く詠まれており、人々に愛されている身近な植物だと、いえましょう。

園芸種でも同じように染材として扱えますが、高価なものですので、野山から頂くのが一番。幸い身近なところに「ノイバラ」や、原種に近い「ナニワノイバラ」などがあるので、それを使うことにしました。

さて結果は、期待を裏切らずとても美しい銀鼠色に染まりました。品がよく、透明感のあるグレー。藍で染めた糸とあわせると、どちらの色もぱっと引き立って、なんとも美しい配色に!感動と嬉しさに、踊りだしたい気分になりました。「これは使える!この機会にたくさん染めておこう。」欲をだして、せっせと糸を染めました。…ところが!ある時を境に、なんとも冴えない、黄色味がかったぼんやりとしたグレーに。そうです、それは、植物に一番エネルギーが充実している時が過ぎてしまった結果でした。草木染めは厳密に言うと、二度と同じ色が出ない作業なのです。その年の気候や植物自身の充実の具合によって、あきらかに色味が異なる場合もあります。一週間程度で、色のもつ強さが全然違ってくることも珍しくありません。

今日出会えた色に、明日は出会えないかもしれない。染めるたびに、驚いたり感動したり、時には落胆しながらも、自然の不思議さに感心するばかりです。

季節はもう、春。長い冬をこえ、充実しはじめた草木に、お世話になる日々が始まりそうです。

 

第2回                                                        2005.05.03

椿花

皆さんは、あの真紅の椿の花からどのような色が生まれるか、想像できますか?私は、花の姿、形から受ける印象から、淡いベージュがかった赤系の色が染まるのではないか…?と、思っていました。ところが…。

小豆島のおへそ、池田町には、海に面した小高い山の上に、国民宿舎が建っています。この宿舎から見える、瀬戸内海に沈む夕日の美しさは絶景です。時々ドライブがてら訪れたりするのですが、実は、期間限定でもうひとつ、見所があります。それは、宿舎正面玄関の脇から続く、椿並木の長い遊歩道。花のころになると、見事な咲きっぷりで、目を喜ばせてくれます。

かねてから、椿で染めてみたいと思っていたので、宿舎の方に、落花を頂けないか?と、お願いしてみたところ、快く「どうぞどうぞ、いくらでも。」とのお返事。ほくほくしながら、550個程の椿を拾い集め、早速、染色に取り掛かりました。

椿の花から染液を抽出していると、ほのかに甘いとてもいい香りがします。機嫌よく一連の染色工程をこなし、さて、どんな色が染まったかというと、なんと、桜の花びらそのままの、淡く透明感のあるクールなピンク色になりました。椿色ならぬ、まさに「桜色!」。こんなにきれいな色に染まるなんて…と、まるで魂を抜かれたように、気がつくといつも、ぼーっと椿の色を想い描いている、という日々が続きました。

ちなみに、ほんとうの桜、いわゆるサトザクラや、ソメイヨシノの花で染めた場合は、ピンクがかったクリーム色。緑葉、樹皮では、樺色、赤鶯色に染まり、いわゆる「桜色」は出現しません。桜の色は、桜から採れず、まさに桜色といえる色は、椿から…。不思議なことです。万物を創った神様が、ちょっとしたパズルを作って楽しんでいるのかもしれない、と、ふと考えてしまいました。

 

第3回                                                        2005.06.05

藍の華

五月も終盤になり、六月が近づいてくると、にわかにそわそわしてきます。梅雨の時期がやってくるから?…いいえ、違います。私にとって、一年のなかで一番緊張する「藍建て」の時期がやって来るからです。

一口にといっても、現代では、天然藍、合成藍(インジゴピュアー)化学染料(石油系)等、いろいろな原料があり、それぞれの工程によって「藍色」と呼ばれる色が生み出されています。

工房結では、その中でも、すくも(天然藍)に木灰汁(もくあく)フスマ、石灰を加え、自然醗酵させて色を出す「灰汁醗酵建て」という技法で藍建てをしています。とてもシンプルな方法なのですが、それゆえに美しい色を出すためには、非常にバランス感覚が求められる作業です。藍の液の中では、目に見えない微生物が、醗酵を促し、色を出す働きをしてくれています。その微生物が、気持ち良く生息できる環境を、常に保ってやると、藍分(らんぶん)が無くなってしまうまで、どんどん色を生み出してくれ、濃紺から淡い水色まで、糸や布を美しく染めてくれます。が…、いったん液中のバランスが崩れると、たちまち醗酵が止まり、色が出なくなってしまう、というたいへん心臓に悪い作業です。

…そして、まだまだ未熟な私は、醗酵を止めたことが、一度ならず、何度もあります。なんだか液の様子が怪しい…?ん…?糸に色が乗らない、醗酵臭が弱くなったような…と、思っているうちにどんどん液面がシーンと静まりかえり…。冷や汗がたらーり、たらり。そうなると、環境改善に全力を尽くすほかありません。栄養が欲しいの?Phが低すぎるの、それとも高いの?一体何をして欲しいの?!お願いだから、色を出してちょうだいと、何も言ってくれない藍に、様々なアプローチする日々が始まります。そんな藍と、上手くいけば3ヶ月ほどお付き合いする季節に向けて、嫌がおうにも落ち着きのなくなる、今日この頃です。

 

第4回                                                        2005.07.05

貴重な木灰

前回に続いて、藍のお話を。

「灰汁醗酵建(あくはっこうだて)」という技法で、藍を仕込んでいるわけですが、その名の通り「藍(すくも)」があっても「灰汁」がなければ、藍を仕込むことが出来ません。

「灰汁」とは、木灰に熱湯を入れてかき混ぜてつくる、強アルカリ液のことです。つまり、まず木灰がなければ、「灰汁」はつくれないのです。

さて、工房「結」では、一回の藍建てに約15kgの木灰を使用しています。15kgって、どれぐらいの木を燃やすと採れると思いますか?そりゃあもう、驚くほどの量です。藍建に挑戦する以前は、少し木を燃やしたら、灰なんて簡単に手に入るものだと思っていました。ところが…!実際にかまどに木をくべてみて、採れる灰のあまりの少なさに、もう、びっくり仰天。自分がいかに浅はかであったかを、思い知りました。必死で薪割りをして、コンテナいっぱいの薪をつくり、すべてくべ、灰にしても1kgにも満たないのです。

かつての生活。薪をくべて、飯炊きや風呂炊きをしていた頃、木灰はどこの家庭でも必ず出てくるものでした。しかし時代は移り変わり、今では、かまどのある生活を維持し続けているわずかな人、もしくは、薪ストーブの暖かさを愛して冬の生活を楽しむ人…。そんなごく一部の家庭からしか、灰は出なくなりました。

幸い、工房「結」では、薪ストーブのあるお宅(それも、遠い遠い山梨県の方)から、貴重な灰をわけていただくことができ、自らで用意した灰と合わせて、なんとか今年も無事に灰汁を採ることが出来ました。本当にありがたいことです。

「木灰」のお話は、次回も続きます!

 

第5回                                                        2005.09.20

灰の原料

さて、前回に引き続き、「木灰」のお話を。

「灰」ひとつ手に入れる為にも相当苦労します、ということで、日常生活のなかでも、「灰」に結びつきそうなものには、特に敏感になってしまいます。

煙突のある家を見つけると、もしやあのお宅には暖炉があるのでは?と、ドキドキしますし、畑から煙が上がっていれば、何を焼いているのかしら?と、見に行ったり。蒔で焼き上げたピッッアのお店とか、とにかく気になってしょうがないのです。これは、一種の職業病といっても過言ではないでしょう。

そうやって、ところかまわず「灰が、灰が。」と、言っていると、思いがけずいい話が舞い込んでくることがあります。先日もこんなことがありました。いつものごとく、藍から、木灰の話に発展していった時のこと、「せめて蒔になるような、クヌギや樫の丸太が欲しい。枝?枝はあんまりPHがとれないから、できたら太い幹がいいなあ。」と喋っていると、それを聞いていたIさんが、「あら、うちの山、この間雑木をたくさん伐採したわよ。根元から切ったから、いるのならどうぞ持っていって。」さらりと、そう言いました。一瞬耳を疑うぐらい、ありがたい申し出に、私は米搗きバッタよろしくお礼を言い、早速、車4台連ね、丸太を頂いてきました。

今、その丸太は納屋の奥で、出番はまだか?と、待機しています。いらない人には、ただの丸太ですが、私には「金の延べ棒」のように見えるのでした。

 

第6回                                                        2005.10.08

甕覗きの淡い青

10月になりました。

秋は一年のなかでも、もっとも好きな季節です。透明感のあるヒヤッとした空気が、なんと も肌に気持ちが良く、バテ気味だった身も心も引き締まるような気がします。

さて、6月終わりから管理してきた藍も、もういよいよ終わりを迎えようとしています。今では、本当に薄い色しか染まらず、いわゆる甕覗き(かめのぞき)と呼ばれる色に近くな ってきました。この甕覗きという色は、淡く美しい、やわらかな水色なのですが、とても移ろいやすい色で あるためそのままで使うことは出来ません。仮に使用したとしても、時がたつにつれて退色してゆき 、最後にはほのかに水色の影が感じられる白色に落ち着きます。退色した色も、それはそれ で、美しい色だと思いますが、このはかなさゆえに私は、甕覗きの色をより魅力的に感じる のかもしれないなあ……と、時に思うことがあります。

藍の終わりに寂しさと、安堵を覚えつつ、すでに心は秋の染色に向かって、お山の様子はど うかしら?と、うずうずしてきはじめました。

秋の山歩きは、染色材料を探すのはもとより、山野草を愛でることも大変楽しみです。春の野花は、ピンクや黄色、白と、幼くも若々しい感じのする、明るい色が多いのですが、 秋は紫系統の色が多く、やや寂しげで落ち着いた雰囲気を醸し出し、しっとりとした気分に なります。

藍染めをしている時期は、ほとんど遠出をしませんでしたが、これからはあの山、この山と 、外出に楽しみを見出す日々が始まりそうです。

 

第7回

矢車附子

段々と肌寒く感じる季節になってきました。
もともと温暖な瀬戸内海地域は、まだ暖房器具などは必要ありませんが、既にラジオのニュースからは、初冠雪の便りも届き始めています。つくづく、日本列島は長いなあと、感じるのがこの季節の変わり目です。

気候の特徴は、地方ごとにかなり異なりますが、香川県で有名なのが「降雨量が極端に少ない」ということ。毎年夏になると、深刻な水不足に悩まされています。

生活用水が制限されるということはかなり不便なのですが、それでも最近はダムが整備されて、昔ほどは深刻ではなくなってきました。しかし、人間には水が供給されるのですが、山の木々には雨が降らないかぎり、水が与えられません。

日に日に、山の緑が茶色になっていくのを、「頼むから雨、降って!」と、祈るような気持ちで、ただただ眺めるしかないのです。

実りの季節の秋。植物の実で染色するために、山に入る季節なのですが……。心配していたことが、現実になってしまいました。

今年は例年以上に深刻だった水不足。木々が潤わず、いつもなら青々と大きく膨らんでいるはずの、矢車附子(ヤシャブシ)の実が、小さく堅く、膨らみ切らないまま、枝についたまま枯れようとしているのです。葉も枯れかけて、元気がありません。クサギの実も、いつもより小さく、乾燥梅干のように、カリカリになっているものも……。

気候に文句は言えないのですが、一年間待ちわびていたので、ガックリ。

草木から色を頂くということは、とても不安定なこと。だから、その色に恋焦がれるように、追い求めるのかもしれません。

 

第8回

蜜柑は皮を剥いた時の香りが格別

11月の末に、作品展のため名古屋へ行って来ました。その時に感じたことを。

前回愛知県へ行ったのは、万博前、そして今回は万博後。懐かしいかの地はどうなっているのだろう?と、思いを馳せながら、名古屋に到着してびっくり!

見知らぬ高層ビルが建っている。栄の真ん中に観覧車がある!平日の昼間なのに、人・人・人!この異様な熱気はなんなんだ?というくらい賑わっているのです。両手に荷物を持った私は、人波に揉まれて、あっちへふらふら、こっちへふらふら。

以前からこんなのだったかしら?それとも、島の生活に慣れてしまったから、大層に感じるのかしら。変わったのは、名古屋?私?わかっているはずの道に迷い、会場に辿り着いた時には、どっと疲れてしまいました。

しかし、作品搬入で何年かぶりに再会した仲間は、変わっていませんでした。会場設営が始まり、集められた作品を広げると、ひと目見ただけで誰のであるか、おおよそ推測できるのです。独自の世界を失わず、今、どのような活動をしているのかが見えてくる、良い意味で発展した作品が多く見られました。

変わらないことの良さと、変わることの良さ。そして、変わってしまうことの先に、何が待っているのでしょうか。

つい先日の新聞で、果物の皮を剥くことが面倒だという理由で、売り上げ不振のミカンやブドウを、皮ごと食べられるように品種改良しているという記事を読み、とうとうここまで来たか……と、ショックを受けてしまいました。皮ごと食べられるように、変えるのではなく、皮を剥くことを、いとわない消費者に、意識して変わらないといけないのではないか?と、真剣に考えてしまいます。皮を剥かない果物が、当たり前になってしまう世の中に変っていってしまうことの先に、あまり良い時代が来るとは、想像できません。

確かに、素晴らしい技術のもとで、ずいぶん便利になったものも山ほどありますし、その恩恵を受けてもいますが、守っていかなければならないものと、進化させていくもののバランスが大切なのではないかと、改めて考えさせられました。

最後に、会場に足を運んで下さった皆様には、この場を借りてお礼を申し上げます。

 

第9回

小豆島の夕暮れ

明けまして おめでとうございます。

皆さん、元日に「初日の出」は拝めましたか?小豆島では、あいにくと雲がかかり、海から昇る初日の出は拝めませんでした……残念です。海から昇る朝日も、海に沈む夕日も、年に何度かですが、絶好のタイミングで見られた時には、この世のものとは思えないほど美しい時があります。

たまに、「島暮らしは、いろいろと制約があって不便だな」と、思うことがありますが、そんな光 景を目にすると、やはり「海があり、山があり、自然がある。これ以上の贅沢はないかも?」と、 思わずにはいられません。

ところで。12月31日と1月1日。たった、一日の日付が変るだけで何故こんなに、新しい気持ちになるのだろう……?と、いつも不思議に思います。今日から明日になるだけなのに、365日のなかで他の日とは決定的に違う変わり目。

それはやはり、新しい年に向けて、大掃除をし、住まいを清め、神棚をはじめ、家のあちらこちら の神様にお供えをし、慌しいながらもいつもより少し丁寧にお料理を…。そんな一連の作業がある からなのでしょうか?仕事をしながら、ああ今年が終わっていくのだなあと、だんだんとそんな気 になってきます。年末の我が家は、毎年判で押したように、ほぼ同じ作業を繰り返してきていますが、なにかの都合 でどうしてもいつも通りの年末を過ごせなかった年などは、なんとなく新年の座りが悪い気がして もぞもぞしてしまいます。例えば、いつものプロセスが、ひとつ抜け落ちてしまったまま、本番を 迎えてしまうような感覚……とでも、いいましょうか。

伝統や、その家なりの風習があるということは、暮らしや気持ちに「けじめをつける」という意味 でも、とても良いことなのかもしれないなあ、と歳を重ねるにつれて、感じるようになってきまし た。そして、その時間はとても「豊か」なもののように、思います。だから、ただ日付が変るだけ の新しい年をいつも新鮮に迎えられるのかもしれません。

もちろん、時には、スピードと勢いが必要なこともありますが、日々のことを丁寧にこなしていく なかで、その積み重ねがいつのまにか揺るぎのないものに成長していくこともあるでしょう。とは 、言っても「日々のことを丁寧に」を実行することは、結構難しいのですが……。

さて、2006年はどんな一年にしようか?と、皆さんそれぞれにお考えのことと思いますが、私は、 その「丁寧に」をキーワードに生活していくこと、にチャレンジしようと考えています。

そんなわけで、皆様、工房結と、この手仕事日記を本年もどうぞよろしくお願い致します!

 

第10回

食卓すっきり和みの時間

2月になりました。皆さんの1月は、どのように過ぎていきましたか?慌しい1月がすぎて、残ったのは少々の疲れと、少々どころではない贅肉……。ああ、またやってしまいました、お餅の食べすぎ。毎年、「今年こそは正月太りをしないように、気をつけて食べ物を摂取しよう!」と、こころに決めつつ、余りに美味しすぎるお餅に翻弄されてしまいます。

元旦から、知る人ぞ知る、名物?香川の餡餅雑煮に舌鼓。これは、白味噌仕立てのお汁に餡が入ったお餅を入れて食べるお雑煮で、聞くと「うわ!気持ち悪そう…。」と顔をしかめる方が多いのですが、食べてみると意外と美味しいのです。あべかわ餅、磯部餅、大根おろしを添えて。変化自在のお餅を堪能し、最後は鏡開きのおぜんざいで〆

ところで、皆でぜんざいを食べているときにいつも感じることなのですが、なんとなく食卓の上が雑然としていて、まとまりがありません。ぜんざいに限ったことではなく、和菓子とお茶、ケーキセット、これらは、人数が多くなればなるほど、こまごまとした食器が机の上に氾濫し、これではせっかくのお茶のひと時が、なんとなく和まないなあ、と感じていました 。

ランチョンマットでは場所をとり過ぎる。もっと小ぶりで、どんな食器にでも合うシンプルな色とデザインの、ティーマットがあると便利なのに。

……と、いうわけでつくってしまいました。

3年前。私が初めて徳島の桜工房で本藍染に出会った時に、ドキドキしながら染めさせていただいた、小さな麻生平の布。小さ過ぎて、なにに使えるかな?と思いつつ、その後、小豆島で藍建てをした際に、1年目、2年目と染め重ねていました。ずっと、布のままで置いていてもよかったのですが、それでは布が活きないので、よし!今こそ出番だ!!と、今回ティーマットと姿をかえて、登場しました。

いろいろとコーディネートが楽しめるように、藍と生成の両面使いに。一枚でも存在感があるように、藍色の染付け石をアクセントに。お茶を楽しんでいただいて良し、花台として使っていただいても良し、なかなか使える一品に仕上がりました。

皆様、是非お楽しみ下さい!

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