工房結の手仕事日記71-80
| 第71回 動き出す町 |
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とある朝。新聞の折り込みチラシをチェックしていると、一枚のチラシが目に飛び込んできました。 「迷路のまちで アートな散歩」 なになに?と、興味を惹かれ読んでみると、小豆島でアートプロジェクトを立ち上げました、という内容でした。 舞台は、土庄町本町。ここは、なにを隠そう、私が幼い頃に過ごした町で、この路地でかくれんぼをしたり、探検したりして遊んでいた場所。この本町と呼ばれる地区は、細い路地が迷路のように入り組んでいて、1度や2度では、覚えられないようなつくりとなっています。これは、南北朝戦乱で、備前の佐々木信胤が、小豆島に押し入り陣を構え、その後北朝方の細川氏が攻めよせる際に、攻防戦に備えて作られたものだそうです。そのような理由でつくられた、全国に現存する数少ない路地の一つで、なんとなく懐かしい雰囲気の漂う、ちょっと趣のある一帯なのです。 実は、数年前。この「迷路のまち」利用して、地域興しをしよう!と、盛り上がったことがありました。当初は、地図を見ながら、観光客に散策してもらおうとか、空き家をアートの発表の場にする、お店を出すなどという、構想が聞こえてきたのですが、具体的に煮詰めるでもなく、なんとなく宙ぶらりんな状態で、今に至る……。企画倒れに終わったか、そんな印象を持っていました。 しかし……。今回は、なにやら違う様子。 5月19日のオープンに先駆けて、16・17・18の3日間、島民限定にて開放してくれるというので、アクセサリー職人であるH氏と連れ立って、鑑賞して参りました。 会場は、4か所。 1.かつては呉服屋の藏 2.かつては醤油屋や米屋の倉庫 3.かつては喫茶店と小料理屋の店舗 という、今は活用されていない空き家が改修されて出来た、3つの建物。 その他に、01.と、銘打って、鉄のアーティスト槇塚登氏の、螺旋階段がそびえ立っています。この作品、存在感があるのですが、圧迫感はなく、鉄の塊なのに不思議と軽やかな印象。表面には迷路のまちの地図がデザインされているらしく、モニュメント的なものなのでしょうか?螺旋階段は実際に登ることが出来て、一歩足を踏み入れると、「あっ!」と、平行感覚を失いそうになります。なんと、中は一面ガラス張り。床もガラスで、底なし井戸に落っこちてしまいそうな感覚に襲われるという代物。ぐらつく足を、踏みしめて、階段を昇ると、「会場1」へとつながる、屋外の渡り廊下に出ます。 のっけから、虚を衝かれた感じで、ちょっとドキドキ。「会場1」は、和紙を使った作家、リチャード・フレイビン氏の作品と、漫才コンビ『敏江・玲児』で、一世を風靡した、正司敏江氏と、実娘である、及川豊氏の陶芸作品が、展示販売されています。正司敏江氏が、小豆島出身という縁からでしょうか。 「会場2」は、香川在住のデザイナーであり、自然素材を生かした空間プロデュースを手がける、竹田豊靖氏と、鉄の槇塚登氏とのコラボによる空間作品。 「会場3」は、妖怪絵描きの小豆島在住作家、柳生忠平氏の作品で埋め尽くされていました。小学生くらいの男の子が、夢中になって見ている姿が印象的でした。 「会場1」には、ギャラリーショップも併設されていて、外の広場には、毎月1回「マルシェ(フランス語で市場)」と称した市がたつそう。 パフォーマンスと、アートと。マルシェで、いろいろな人が集まる多様な場所づくり。という、目的を打ち出して、しつらえもちょっと本格的。初回ということもあるのかもしれませんが、気合いが入っています。なんとなく町が動き出しそうな気配です。プチ直島というか、「アート」というものを媒体にして、町を改造していこうという意志が、伝わってきます。 見学者も多く、高齢層から子どもたち、赤ちゃん連れのお母さん。同行のH氏と、「これ、瀬戸内国際芸術祭の前だったら、まだ反応が薄かっただろうね。」と、感想を言い合いながら巡りました。芸術祭の前、何が始まるの?と、ポカーンとしていた人達にも、少なからず免疫が出来たところで、この企画だと「ちょっと行ってみようかな?」という、気にもなるもの。 タイミングって、大事だねえ。ウンウンと、頷きながら、楽しませてもらいました。 ところで、この集団。どうやら、行政や青年団などが、主体となっている訳ではないらしく、民間?某オリーブ会社から派生した、NPO団体?らしい?と、周囲ではささやきあっていますが、正体は定かでなく。もっと詳しく知りたい方、HPがあるので紹介しておきます。興味を持たれた方、是非足を運んでみて下さい。 小豆島・土庄本町 迷路のまち パフォーマンス&アート&マルシェ プロジェクトHPはこちらです。 |
| 第72回 気になるにおい |
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今年の梅雨は、長かったなあ、そんなことを思いつつ、ふと思い出したことがありました。 いつだったか、他愛無いお喋りをしているときに、なんの拍子か「雨が降る前のにおいがわかる」という、話題になったことがありました。 わかる派と、わからない派に、パックリ。「え?わからないの?ほら、あるじゃない、独特のにおいがしてさ。」と、あまりに言われるので、じゃあ、どんな「におい」なのよ?と、説明をしてもらったのですが、皆さん微妙に違うところもあり……。結局「そういう種類のにおいに敏感な人が、それぞれ感じるにおい。」なのかしら?と、その話は終わった気がします。 しかし、その後「ぺトリコール」という、なんだかひっつきそうな名前の物質が、雨のにおいの発生源である、ということを知り、根拠があるにおいだということが分かりました。専門家ではないので、詳しくは説明できませんが、雨が降る前に湿度が上昇すると、鉄分に反応してぺトリコールが生成され、大気中に放出されて「におう」のだそうで……。で、雨が降り始めると、洗い流されて、においはしなくなるとのこと。 分かる派の方々は、たぶん、似たようなにおいを、共有しているのでしょう。ただ、その人なりの感じ方や表現のしかたがあるので、統一された答えではなかったのか、とひとり納得したのでした。 常々思うことなのですが、ひとにはそれぞれ、気になるにおいや、敏感に反応するにおいの種類というものが、あると思います。風にのって漂ってくるだけで「近くに○○の花が咲いているよ。」と、わかる人もいますし。もしかして、都会では、においだけで、近くにあるファーストフードの店名が判る!とか、コーヒー店の嗅ぎ分けが出来る!という、特技をお持ちに方もいらっしゃるかも? 私が気になるのは、名古屋の地下街のにおい。 学生時代、よく、友達と遊びに出かけていたのですが、地下鉄から地下街に入ると、ほどなく酸っぱさがまじったようなにおいがし始めて……。「なに?なんか変なにおいがするよ!」と、友に訴えても「えー、そう?どこに?全然わかんないよ。」と、全く気にならない様子。うそ、これがわからないの?!と、必死に説明しても、誰1人として、賛同してくれる人に、出会ったことはありませんでした。私にとっては、なんともいえず不快なにおいで、いつも気分が悪くなるのを我慢しながら、地下街を歩いていました。 多分、人の体臭や、飲食店のにおいや、いろんなものがブレンドされて、酸っぱーいにおいになっていたのだろう、と思うのです。それが、地元の人にとっては、いつものにおいでも、田舎から出てきた私には、経験したことのない「におい」であったため、過剰に反応したのでしょう。 今でも、あのにおいは、苦手……です。 ところで今、工房のなかに2つの藍甕があります。 一方は、若手のまだまだ元気な藍。もう一方は、もうひと頑張りしてもらったら、もう御休み頂きましょうかという、古い藍。 若手の藍で、染めものをしていると、濃厚で、充実しているような、なんともいえず「イイ」藍のにおいがします。何と表現すればよいか、難しいのですが、若さに満ち溢れて、エネルギーたっぷり。「おっ?調子いいね、愛い奴じゃ。」と、気分も乗ってきます。 ご老体の藍のほうも、若手ほど濃くはありませんが、その歳に相応した、良いにおいがします。染めていて、良いにおいがする時は、安心なのですが、「なんか調子崩しちゃったよ」「醗酵が止まりそうよ」という前ぶれのにおいは、シラ~っとしていて、なんともそっけないのです。うすっぺらい、元気もないにおい、わたしもしょぼくれ返ってしまいます。 においは粒子。その粒子が空気中を漂い、鼻の穴に入るとにおいを感じ、髪の毛や衣服にも吸着するので、残り香が感じられるそうです。だから、禁煙中のお父さんが、隠れて煙草を一服してきても、バレる訳です。 元気な藍で染めものをして、休憩をしに台所へ行くと、すかさず、母に「藍のにおいがぷんぷんするよ。今、調子いいのね。」と、いわれます。そんな時、「ああ今、私には藍のにおいの粒子が、たくさん付着しているのね。」と、ほくそ笑むのでした。 |
| 第73回 休もう! |
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8月も、残すところ一週間となりました。皆さん、今年の夏、元気に乗り切れそうですか? 昨年の猛暑には散々苦しめられました。体力がなくなり、食べても消化出来ず、身に付かずで、みるみるうちに、骸骨化した私は、見るも無残な哀れさでした。その教訓を活かし、今年は6月ごろから、寝具やラグマットをい草製に変えることや、よしず、たてずを導入し、扇風機を効果的に活かし、なるべく涼しい環境にもっていくように、努力してきました。 しかし、環境を整えることも大事ですが、この夏、私がした最大の努力は「休む」ことでした。 朝は6時前に起床し、家事を終えたら、午前中は、染め、織り、いづれかの作業をし、正午で一区切り。そして、昼食後、スペインのシエスタよろしく、とにかく休む。眠ってしまうときもあれば、ただ転がっている時もあるけれど、とにかく16時近くまで、ひたすら休むのです。なんとなく涼しくなってきたところで、また、もそもそと動き出す。そんな毎日を送っていました。これは、仕事の仕方をある程度自分で決められる者の、特権なのかもしれませんが、お陰さまで、昨夏ほどダメージを受けず、過ごすことができました。 皆さん「休む」ことって、得意ですか? 勤勉が美徳とされているお国柄。大抵の日本人は、休むことが苦手なのではないでしょうか? 私などは、貧乏性というか、気が小さいというか、なかなか思い切って休むことが出来ません。「……しんどいな。」「今、15分でも寝たら、楽になるんだろうな。」と、思っても、ついついチョコチョコと、動いてしまいます。外へお勤めの方々は、少しぐらいしんどくても休めないのに、なんと気ままなことをさせてもらっているんだろう、と思うと、申し訳ないような気分になり……、また、後ろめたくもあり。さらに自分を「根性の無い奴だ。」と、卑下してしまうのです。 たまに、インフルエンザだとか、肺炎などの、ちゃんとした(?)病気で、堂々と身体を休められる身分になった時など、ひたすら療養したほうが、確実に治りがはやいというのに、ちょっと薬で楽になったかと思えば、病床でごそごそと内職をやりだす始末。今がチャンスとばかりに、手紙を書いたり、読みたかった本を、ひたすらに読んだり……。ひどい時は、原麻(げんま=糸にする前の状態のからむし)を持ちこんで、苧績み(おうみ=原麻を細く裂いて、つなぎ合わせ、糸にする作業)をしたこともありました。こんなに、時間があるんだから、沢山糸が出来るぞ!などど、貧乏根性丸出しで。そのため「ちゃんと休んで下さいね。」と、看護師さんに諌められることが多々ありました。 こんな往生際の悪いことをしている私は、何かとお世話になっている泰生堂薬局の大川先生に「性格が病気をつくる」と、諭されたことがあります。私の場合は、何ごとも「過ぎる」性格が、結果、体調の不良を招くのだということでしょう。そして、それは誰にでも当てはまることだと、実感しています。 つい先日のこと。何気なくテレビを見ていたら、話題が「日本人は休むことが下手」という話題になりました。先に書いたように「勤勉が美徳」であるとか、戦後、目標に向かって、がむしゃらに働いてきたので、休むことが下手なんじゃないか?など、色々と発言が相次ぐなか、とある男性のお笑い芸人さんが、興味深い発言をしました。 彼は、つい最近、過労のため身体を壊し、一ヵ月程入院したのだそうです。いつ休みがあったっけ?と、思い出せないくらい……ハードなスケジュール。本当に働き通した揚句の入院だったのですが「一ヵ月間も、仕事に穴を空け、仕事仲間に迷惑をかけてしまう。」という、罪悪感に苛まれ、「何かで穴埋めをしなければいけない。」という、焦燥感に駆られたのだそうです。そんな彼のとった行動は、ズバリ!入院中の時間を使って語学習得。具体的には、韓国語を習得することによって、退院後は「韓国語を話せる芸人」として、仕事に活かそう!それで、穴うめをしよう、と考えた訳です。そして、病床で勉強に励み、実際にやり遂げたといいます。恐るべきプロ根性というか、転んでもタダでは起きないというか……、頭が下がる思いです。しかし、彼は続けてこう言いました。 「僕ね、こう言われたんです、ドクターに。『そんなことしてね、過労で入院療養しているのに、全然休んでいることにならないんだよ。』って。」 それを聞いていた他の出演者の方々は「あぁー。」と、声を漏らし、ウンウンと頷くそぶりも見られました。少なからず、身に覚えがあるのでしょう。 私自身、「今は休むべき時」と、割り切れない心の弱さと、貧乏根性が災いして、いつまでもぐずぐずと体調がすぐれないまま、月日が流れてしまっています。「もうそろそろ、休む勇気を持たなければ!」と、遅まきながら、決意をした夏なのでした。 |
| 第74回 それぞれの夏 |
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夏の終わりに、1通のメールが届きました。 「変わりなく」という言葉を、何気なく使っている毎日でしたが、3・11の東日本大震災以降は、変わらない有難さが身に沁みます。 というのも、件の友人は北海道へ旅行に行っているのではなく、「避難」という名の「避暑」に行っているからなのです。彼女が暮らしている町は、地震や津波の被害は少なかったものの、原発という、いつ収束するか判らない被害にずっと悩まされています。彼女いわく、放射能のレベルは県外避難するほどではない。しかし、気にし始めるときりがない地域だ、ということ。地震当初は県の指示に従い、家は締め切り、カーテンも空けず、こもりっきりの生活を送っていたそうで、これでは家族も、外で遊びたい盛りの子どもたちも、ストレスが溜まるばかり……。その後も何かと制限の多い生活を送っているので、夏休みを利用し、思い切って北海道へ脱出したわけです。 北海道へ行くよ!というメールを貰った時、「避難なんだけど、ロングバケーション!と、思って暗くならずに行ってくるね。」という一文が添えられていて、ちょっとグッと来ました。彼女に限らず、震災に遭われた方々の言動・行動を見ていると、とにかく前を向いて行かねば、という底力のようなものを感じます。 そんななか、ここ小豆島にも、福島県川俣町から移住してきた一家がいます。地震と原発の不安から、家族を守るための決断だったそうです。 この一家、お父さんがシェフだそうで、以前は東京でスペイン料理店を経営していた経歴の持ち主。島の生活が落ち着いてきたころから、近所の方々に感謝の気持ちを伝えるために、料理を振る舞っていたそうです。私も「美味しい、かなりの腕前!」という評判は伝え聞いていました。 友人と、「オリーブを使った美味しいお店を開いてくれたら嬉しいよね!」とか、「小豆島って意外とそういう本格的なお店が無いからね。食べたーい!」などと、勝手に盛り上がりながらも、今の状態で0から何もかも準備するのは大変だろうね……、そんな会話で終わっていました。 ところがそんな折。偶然にも、小豆島町が観光施設の一つ『オリーブ公園』に、新しく地中海料理のレストランを開設する計画を練っていたのです。これまでもオリ―ブを使ったパスタ類は提供していました。しかし地元の魚介などの食材を活かしたメニューが無いことが課題だったらしく、人材を募集していたところ……この一家がやって来たのです。どちらにとっても渡りに船ですね。腕も味も申し分ないということで、見事採用となった訳です。 シェフ曰く「島に来た時は明日もどうなるかわからない状態だった。まるで夢のよう。島のシーフードやオリーブ、ハーブを使ってオリジナルの料理を提供し、楽しい時間をすごしてもらうことが恩返しになる」(四国ニュースより) それにしても、なんと絶妙なタイミング。震災に向き合い、決断して、新たな道を切り開こうとしたから、めぐり合えた縁なのかもしれませんね。
店の名は『olivaz-オリヴァス』オリーブ公園内、オリーブ記念館2階にこの夏オープンしました。 私も早速、島外の友人たちを案内して、魚介・お肉・旬のお野菜が盛られたランチプレートを、頂きました。一つ一つの素材を丁寧に調理しており、評判通りの美味しさに「小豆島で、本格的な地中海料理が食べられて、幸せ~。」と、友人たちも大満足でした。このプレート、食材や季節に合わせて毎日メニューが変わるそうなので、次はどんなお料理に出会えるのか、という楽しみもありますね。 秋にはオリーブの収穫が始まります、オリーブの新漬が美味しいのも、搾りたてのフレッシュなバージンオイルが楽しめるのも、この時期。オリーブはこれからが本番です!また、秋の島は寒霞渓の紅葉も目を楽しませてくれます。美味しいもの、美しいもので溢れる秋、夏とはまた違った趣です。これからの小豆島も良いですよ。 そして、ご来島の機会がありましたら、新しいスタートを切ったシェフのお店を、是非訪れてみて下さい。 |
| 第75回 追い求める色 |
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明石家さんま氏が司会を務め、「ホ○マでっか!?」と、連発する高視聴率の某テレビ番組を御覧になっている方、少なくないと思います。私も貢献している一人ですが、リアルタイムではほとんど見られません。ですので、録画をしておいて、時間のある時に見ては楽しんでいます さて、いつものごとく家人が寝静まった後に、録画放送を見ていた時のこと、ある内容が目にとまりました。 それは―「女性は、男性に比べて、ピンク~紫系のグラデーションを見分ける能力が、非常に長けている」というもの。 番組では、口紅の色を例に挙げて、「男性は、女性がつけている口紅の色が皆それぞれ違うことに、気が付いていない。しかし女性は、自分と相手の口紅の色の差を、ちゃんと見分けている。」「海外旅行の際、女性に『この色の口紅を買ってきて』と頼まれても、男性は同じ色のものを買って帰った例がない。」などと、紹介されていました。つまり、男性は赤系の色の見分けが苦手なのである、ということ。 これは本当に「そう、そう!」と、納得できます。私なども、衣服を顔に当てて 「この赤は微妙にくすんで見えるよね、やっぱり顔映りが良いのはこっちの赤かな?」 などと夫に意見を求めても 「どこが違うのか、全然わからん。」 と困惑顔されて、どうしてこんなに明確に違うのにわからないんだろう?と疑問に思うことが多々あるからです。 女性の方が赤系に敏感というのは、何年も前からずっと研究されていることですが、その理由は諸説あります。 ・母性=女性は赤ちゃんの顔色をみて、健康状態を判断する必要があるので赤に敏感。 ・文化・歴史=かねてより化粧や衣類などで、色に接する機会が多いので経験値が上がる。 ・DNAの関係=赤に対応する細胞の遺伝子がX染色体にあり、XX染色体である女性のほうが、より複雑な赤を見分けられることが出来る。 以上は、よく目に(耳に)するものなのですが、遺伝子的に有利ですと、女性は感覚を磨けば磨くほど、色のエキスパートになれる可能性がある、ということなのでしょうか?まあ、それはさておき、私が携わっている染織の分野でも、色は大変大きな役割を占めます。着物という形が決まっている以上、見せどころは、やはりデザインと色でしょう。もちろん、生地や着心地の良さが備わっての上で。 数年前のこと、大変尊敬している女性染織家の方の個展が、銀座の和光ホールで開かれました。会場に一歩足を踏み入れると、真正面に赤い着物が飾られていて、思わず目を奪われました。赤の表情が豊かで深みがあり、それでいて華やかで、周りの空気まで明るく変えてしまうような、圧倒的な存在感でした。聞けば早々に売約済みとなっているにも関わらず、その着物を熱烈に求める方が他にもいらっしゃるのだとか。幸運にも、先生とお話をする機会に恵まれたので、色々と制作秘話をお伺いしていると、件の着物に取り掛かっていた頃は、「赤に魅せられて、寝ても覚めても、望む赤色を染め出すことばかり考えていた。」とのこと。 一口に赤といっても奥が深く、草木染めでは赤~紫系を染めだす染色材料は、黄・茶・鼠系に比べて、ぐんと少ないのです。代表的なものは、茜・蘇芳(スオウ)・紅花・コチニ―ル・ラック・紫根(シコン)。あとは、冬青(ソヨゴ)・一位(イチイ)・枇杷など。その中から、望む赤系染料を選び、思い描いている赤を染め出すのですから、大変な作業だと想像できます。 口紅同様、赤は、女性にとってこの上なく魅力的な色なのかもしれません。 ちなみに、青を染め出す染料は赤よりもっと少なく、藍と大帽子花(オオボウシハナ・ツユクサ科)、臭木(クサギ)ぐらいです。藍の色が特別な存在なのも、うなずける気がします。 それぞれに追い求める色があり、好む色がある。そういえば私も、そもそもは人間国宝である志村ふくみ氏の、万華鏡のように、多様な変化に富む色彩を駆使し、紡ぎだされる作品の数々に衝撃を受けたことが、染めものに魅せられた第1歩でした。以来、幸運にも藍染めに出会えたことと、使用している糸の材質と藍の相性が非常に良かったことから、制作の中心に藍を据えるようになったのです。 久しぶりに、ちょっと華やかな色を使った着物を織ってみようかな、そんなことを考えた一件でした。 |
| 第76回 アナログだといわれても |
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先日のこと。ラジオを聞き流していたら、「電車やバスなどの公共交通機関を利用する際、乗車している間の時間に何をしていますか?」という話題で盛り上がっていました。思わず「おっ?」と、興味を惹かれ耳を傾けてみると……。圧倒的に多いのが、やはり携帯電話を使っての暇つぶし。メールを打つ、ゲームをする、インターネットを開く、音楽を聴く、ケータイ小説を読むetc……。 そんな中、何者かは聞き逃しましたが、ラジオのゲストである男性(以下A氏と略します)が、この行為について色々と私見を述べていました。 A氏は、「関東地方在住で、仕事の関係でよく首都圏へ通っています。」と、前置きして、次のような内容のことを続けました。地元の電車の中では、携帯をいじっている人は、チラホラとしか見ないが、都会のー特に若者がよく利用する路線の電車では、9割方の人間がじっと手元を見ていて、それぞれの趣味に興じている。イヤホンをつけて、ゲームに熱中している男性は、時々「うっ」や「あー」などと呟いていて、完全に自分の世界に入り込んでいる様子。友達同士で連れ立っいても、みんな手元を見ていて会話も無く、公共の場所がそれぞれの自室であるかのような雰囲気だった。 「なんだか物凄く異様な光景に思えたんですよねー。」と、最後に一言。 それを聞いて、ん?なんだかデジャヴ。そんなセリフを以前にも何処かで聞いたような気が……。と、思いを巡らしていたら、「ああ、自分のことだった。」と気がつきました。 10年ほど昔のこと。 親族の法事かなにかで、家族で島外へ出かけた時のことです。フェリーに乗り込み、長椅子に両親と私が横並びで座り、それぞれが鞄から本を取り出し読み始めました。家族ですので、お互い気遣うこともなく、もちろん家でもコミュ二ケーションをとっているわけですから、とりたてて喋ることもありません。なにか話題があれば会話もしますが、それ以外は大抵の場合、各自読書の時間というのが暗黙の了解となっている訳です。 その光景を、たまたま同じフェリーに乗っていた職場の知人が目にして一言。 「尚ちゃん、昨日フェリーで見たで。あの光景異様やわ。」 言われた本人は、何のことかわからず 「……?」 と固まっていると、こう続けました。 「普通、フェリー乗ったらテレビ観たり、喋ったりして過ごすやろ?家族で乗り込んできて、みんな一言も口きかんと、1時間横並びでずーっと本読んで、異様な光景やったわー。信じられへんわー。」 知人の感想を聞き、そんなに変か?と、当時は考え込んだものですが……。思うに、そのモノに対する免疫のある、ないの違いで、随分とらえ方が変わってくるのではないでしょうか。活字を読むのが好きな方でしたら、ああ、乗船時間を利用して読書しているんだなと、思うでしょうし、私たちを見ても、本好きな一家なのだなあと、特にそれ以上は何も感じないと思います。 携帯電話を覗き込んでいる人々は、果たして何をしているのか?もしかしたら読書をしているかもしれません。メールで会社と仕事のやりとりをしている可能性もあります。ただ、手にしているものが新聞や本ではなく、CDプレイヤーでもなく、携帯ラジオでもない。一様に携帯電話であるという光景が、異様にうつるのかもしれません。私も、アナログな人間なものですから、夫がずっと携帯を眺めていると、あの小さい板を眺めながらいったい何をしているのだろう?と、不気味に思うことがあります。免疫がないので、理解できないのです。 私自身は、携帯電話には電話とメールの機能しか求めていませんし、お財布ケータイはもちろん、クレジット決済も抵抗があって出来ません。スマートフォンのツールの多様さにも興味をそそられず、未だにパソコンの前でおろおろし、完全に時代に乗り遅れつつあるのは自覚しています。使いこなせる方々からみたら、こんなに便利なものを何故利用しない?と、思われるでしょうが……。 例えば、本ひとつにしても、荷物にはなるけれど、重みを感じながら、文字を指でなぞりながら、紙のページをめくりながら読みたいと思うので、仕方ありません。ケータイ漫画にしても、コミックスで読むほうが迫力があり楽しめると思うのですが。 件のA氏も、もちろん携帯電話の多様さは理解し、そして自身も使いこなしている方だと思います。ただ、一様に同じような四角い板を眺めているその光景に、無味乾燥な印象を受けたのかもしれませんね。 好みの問題で、どちらが良い、悪いと判断できることではないと、とらえています。しかし何もかも携帯で、というのも味気なく、寂しいような気がします。特に読書とう知的好奇心をそそる作業においては。 数年前のことと、今回のことをだぶらせながら、「うーん」と、唸るこの頃です。 |
| 第77回 断捨離できますか? |
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機織りの作業場を、引っ越すことにしました。 「引っ越す」といっても、同じ家の1階から2階へ移動するだけのこと、そんなに大層なことではありません。今までは、1階の日当たりのよい部屋に「機」を置き、2階の自室に整経道具やら、糸、布などを収納していました。しかし、階段を行ったり来たりでは、どうも効率が悪いので、それを2階の部屋に一まとめにしてしまおうと!いうことで、手を付けはじめました。 何日かですっかり片付いてしまうだろう、と思っていましたが、見通しが甘かった。ついでに衣類も整理しよう、書籍類も片づけよう……と、どんどん片づける範囲が広がってゆき、とうとう年末に向けての大掃除になってしまいました。 しかし、嫁ぐ前にあらかた整理した筈なのに、4年経って見直すと、かなり不要なものがあることには、驚きました。当時はまだ未練があって処分できなかったものが、4年の歳月の間にすっかり不要なものとなってゴミと化す。この現実に驚いてしまいます。 ガラクタも多いけれど、大切なものも多い。そのなかでも一、二を占めるのが、衣類と糸類。衣類は壁面クローゼットの7割を占めており、糸は押し入れほぼ一間分を占拠しています。衣類の半分は、高かったけど滅多に出番がない服と、サイズダウンの為もう着られない服。うー、もったいない!と、未練たらたらです。 夫に 「2年着ない服は、絶対着ないっていうやろ。処分すれば?」 と、言われても。 「だって、またサイズアップしたら着られるやん?スーツはスタンダードやから流行に左右されないし。他のものも流行は12年ごとに巡るって言うから、またきっと出番があるはず!!」 と、反論する始末。それだけならまだしも、色目が好き、織り方が好き、素材が好き……と、生地にも執着してしまうので、手に負えません。 そして問題は、糸!今は着尺しか織っていないので、その昔、学生時代に買い集めた糸は、全くの手つかずです。綿糸・毛糸・麻糸、どうしようもない糸から、お気に入りの糸まで、押し入れの4分の1を占拠。防虫剤や湿気取りシートを、定期的に取り替える度に眺めては「もう、いっそのこと処分しようか……。」と、悩むのですが、「いやいや、いつかまた、ラグマットやテーブルランナーを織りたくなった時の為に、置いておこう。」と、再び仕舞い込んでいました。
糸には特別に執着があり、なかなか手放せません。糸は、いわば私の歴史。たった大学6年間(うち研究生2年)のことで「歴史」というには大袈裟かもしれませんが、糸を見るたびに、当時が生々しくよみがえります。 この糸を手放すと、今の基礎となったあの頃の自分を忘れてしまうような気がして、なんとなく寂しくなってしまうのです。昔の糸が目の前に無ければ、すっかり忘れてしまっているのに、見ると思い出に絡めとられて……。これって余計な感傷なんだろうなぁ、と笑えてしまいます。 昨年、流行になった「断捨離」という片づけ術。モノへの執着を断ち切って、本当に必要なものを見極める。しがらみやストレスから解放させ、身も心もスッキリさせる。という目的のものだそうですが、私が今やっているのは、この作業なんだろうなぁ、と思いつつの大掃除でした。 結局、糸は厳選したものだけ残し、後は特大段ボールに詰め、母校の研究室に送り、学生さんたちに使って貰うようにしました。衣類は、確実に出番があるだろうスタンダードなスーツや、素材の良いセーター類を残し、あとはエイヤッと、処分。書籍は綺麗に扱っているものを、図書館へ寄贈。 随分とスッキリしました。しかし「衣類を処分して、すっきり!新しい気分で着る服が欲しいわ♪」と、通販カタログをチェックしている私ですので、2~3年経つ頃にはどうなっていることやら。除夜の鐘を聞いて、物欲という煩悩を取り除かねばなりませんね。 いつも日記を読んで下さっている皆さま、公私ともに支えて下さっている皆様、本年もお世話になりました。よいお年をお迎え下さい。 |
| 第78回 新年の決意 | |
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新年の抱負を語るには、遅い時期ですが、昨年から「来年はこう過ごす!」と、既に心に決めていました。 今年一年かけて「心と身体の調整をする。」ということ。 この手仕事日記でも、過去に何度か身体の不調のことに触れていますが(第73回「休もう!」・第65回「データの大切さ」他)聞きたくありませんよね……?青白い顔をして、ふう~っとため息なんぞつきながら「あそこが痛い、ここがおかしい、調子が悪い。」そんなことを繰り返し、繰り返し。どうせなら、もっと景気の良い話が聞きたい―いや、喋りたい。前向きで、聞いている人も気持ちが良くなるような話を……。 大体、身体が萎えると、心も萎え、何をするにも躊躇し、きびきびと動けず、踏ん張りがきかず、頭が回転せずで、ロクなことがありません。そんな自分を許せず、頑張ろうとすれば、それみたことかとばかりに身体に跳ね返り、イライラのスパイラルに陥るばかり。健やかな心を持ち、前向きにいきいきと作業をするためには、やはり「健康な身体」を一刻でも早く取り戻すことが、最重要課題だと思い知ったのです。 往生際の悪い私がやっと観念したのは、「子宮筋腫」が悪さをし始めたからでした。 その兆候が現れたのは、昨年5月のこと、不正出血がきっかけでした。ただでさえ血液の量が少ない私にとって、だらだらと続く不正出血は体に相当なダメージを与えます。その上、やっと納得のいく治療方針を提示してくれた医師に出会うまで、病院を転々と変えて、検査、検査で、検査疲れ。 病院通いも、もう飽きた!こんなヘタレな自分にも嫌気がさす。「ここはきっぱり開き直って、誰が何と言おうが、どう思われようが、中途半端な見栄は張らず、自分の身体に素直になろう。」と、決意したのが、「休もう!」(第73回)を書いたころ。それから、まあまあ順調に「休み」続け、やっと子宮筋腫の手術の準備段階に入ることが出来るようになったのが、年が明けてのことでした。 具体的には、手術の前に、筋腫を小さくするホルモン注射を3カ月打つという準備。これは擬似閉経状態にし、筋腫の成長を抑え小さくし、身体への負担を少なくする注射です。副作用として更年期障害と似た症状が引き起こされ、重い軽いは人それぞれ。私の場合は、その副作用に大負けしそうだったので、手術前に体調を崩してしまわないように、昨夏から身体を整えてきました。そして1月―やっと助走に入ったところでしょうか。 無事手術に臨み、術後は速やかな体力回復に努める。そして、回復した身体をさらに整えて、鍛えることができる素地をつくる。肉体的にも精神的にも打たれ負けない、強い身体を得、健やかな気持ちで制作活動が出来るように「急がば回れ」で、日々を過ごすこと。今年はそういったことに専念したいと思います。 暫く工房業務はお休みしますが、日々のことは手仕事日記に綴っていきたいと考えていますので、本年もよろしくお願い致します。
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| 第79回 作り手の幸せ |
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「モノづくり」をしていて、最高に嬉しい瞬間と言えばやはり、お客様に喜んで頂けたときでしょう。そのような声が届いた時、ああ、こんなに喜んで下さって、染織をしていた甲斐があった、とただただ純粋に嬉しくなります。 それは何の職業でも同じかも知れません。求められて、それに応える。この相互関係で大体のことは成り立っていますよね。接客業の方は、お客様に喜んで頂けるよう、お医者さんは、患者さんが回復できるよう、尽力し。シェフは美味しいという声に幸せを感じ、建築家は建主の希望を叶えるべく奔走し。直接顔は見えないけれど、日々私たちの暮らしがもっと豊かに、快適に過ごせるよう、技術開発している研究者の方々や、一番身近なところでは、家族の為に働くお父さんや、お母さん達。 「~の為に」というものが基本にあり、行動をすることが当たり前な世の中で、どうしても画家、○○作家等の、芸術・文芸関係は、そのコンセプトが曖昧になりがちです。確固たる自己を確立して、それなりに行動していかないと、世間からは趣味だ、道楽だのと言われかねません。しかし、求められない期間が長いと、次第に弱気になり、迷いがちになり、別の道を探すこともあるでしょう。 私も「自分のやっていることは、誰の役にも立たず、求められてもいないのかも…。」と、悶々と悩んでいた時期もありました。誰にも頼まれていないのに、こんな着物を織ってみよう、あんな柄はどうか?と、表現したいものを追い求めている。これは、ただの自己満足ではないのか?と。 しかし、「このストール、色が何にでも合って、とっても気に行って使ってるんですよ。」とか、「飾って眺めているだけで幸せな気分になれます。」などと言う声がチラホラ耳に入るようになり、「あ、お役に立っている。続けてきて良かった……。」と、思えるようになってきました。 さて、時は少しさかのぼって1月。
「お年賀」と朱書きされた、一通のお手紙が届きました。差出人は、昨年秋着物をお求め下さった美しい女性。 読んでみて、びっくり仰天。件の女性は、着物に一番合う帯を探すべく、青山~日本橋~銀座と、片っぱしから呉服店を巡ったというのです。そして、最終的に絞った3点の帯の、作者、意匠を明記して下さり、迷ったがこういう理由でこの帯にしました、コーディネートが完成したら写真を送りますね、という言葉が添えられていました。うきうきと、楽しんでいる姿が目に浮かび、幸せな気分になったのはもちろん、自分が生み出した作品に、こんなに情熱を傾けて下さる方が居るという現実に、どれほど励まされたことか……! 作り手の幸せは、これに尽きると思います。本当に力を頂いた一件でした。 春には、仕立て上がるという着物と帯。どのような着姿になるのか、本当に楽しみです。写真と共に今年の春はやって来そうです。 |
| 第80回 振り返る |
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3月になりました。 さて、最近の私は…というと、疲れない程度に、ほどほどの作業をしています。染めて、織って、というものではなく「時間ができたらゆっくり整理しよう」と、後回しにしていたこまごまとしたことです。写真の印刷や、増えすぎた雑誌の処分、手紙類の整理。つい先日からは「とりあえず箱」の整理をしています。これは、DMや、雑誌・新聞の切り抜き、まだ返事を書いていない手紙など「とりあえずここに入れておこう」という、なんでもかんでもが、無秩序にやたらと入っている箱のこと。溜まりすぎて、整理するのもおっくうになっていたのですが、今しかないだろう!と思い立ち、やり始めました。 一つ一つ、確かめながら分類、処分をしていくのですが、この作業が結構時間を食います。切り抜きなどは今読み返してみると、なんでこれ切り抜いたんだろう?というものから、そうそう!こんなこと考えて切り抜いたよね、というものまで様々。当時の自分の興味の対象や、悩みなどが如実に表れていて、面白く読みふけってしまいます。 そういえば、手に取る本にもその傾向は表れますよね。なんたって、気持ちが向かなければ読みませんから正直です。 昨年初夏から月に1、2回、定期的に病院通いをしていますが、なんせ通院時間・待ち時間が長いので、必ず本を2冊程しのばせていきます。試しに「何を読んだっけ?」と思い返してみると……。
高峰秀子著
斎藤明美著
鳥越俊太郎著
瀬戸内寂聴・玄侑宗久共著
玄侑宗久著
立花隆著
黄文雄著
金美齢著
藤原正彦著
司馬遼太郎著
曽野綾子著
上坂冬子・曽野綾子共著
宮部みゆき著 『ぼんくら 上・下』 『日暮らし上・中・下』 『あやし』
雫井脩介著 ……等々。他にも、病院の待合室に置いてある本・雑誌など、手当り次第読みましたが、忘れてしまいました。初めて手に取った本もあれば、再読している本もあるのですが、見事に偏っていておかしくなります。 そのなかでもまったく初めて出会った本が、映画『二十四の瞳』で、おんな先生を演じた女優の高峰秀子さんの著書。亡くなってから初めて、演技だけでなく、素晴らしいエッセイストだったと知り、遅ればせながら図書館で借り、歯切れのよい文章の虜となりました。そこから飛び火して、高峰夫妻の養女になった作家の斎藤明美氏のエッセイへ。 このように、連鎖して読んでいくのが私の特徴で、日本・日本人シリーズなどは、まさにその代表的な例。以前から、日本人の美意識や性質などには興味があり、関連本をポツポツ読んではいました。しかし、こう立て続けに読んだのは久しぶりで…これは東日本大震災を受けて、なにかこう自分を奮い立たせたくて、読んだのだと思います。そうだ、我々日本人には、美徳がある、底力がある、また立ち直って行ける。と、勇気が欲しかったのかもしれません。 宮部みゆき氏の著書のなかでは、特に江戸ものを好んで読みます。ちょっと小難しい本を読みすぎた後に、何も考えず、没頭して楽しめる本です。時間を忘れて夢中になれるので、長い移動の際には最適です。 さて、今思案しているのが、子宮筋腫の手術&入院の際に読む本。あんまり重く、暗い内容の本は読みたくないし、難しいのも嫌。かるーく読めて、ゆっくり楽しめるものがいいな……と、検討中です。なにかおすすめの本がありましたら、是非紹介してください! ちなみに、肺炎で入院した時には、司馬遼太郎氏の『竜馬がゆく』全8巻を読みました。時間ができたら読もうと狙っていた作品で、ここぞとばかりに差し入れてもらいました。面白くて夢中になりすぎ、療養にならなかったという、失敗談付です。 では、今回はこの辺で。 |
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